2008年12月28日 (日)

日常

 12月に行われた二つの合唱団のチャリティコンサートを無事終えることができた。善意の募金を寄せてくださった方々に,心から感謝している。本業も合唱も大忙しの日々であったためか,燃え尽き症候群に近いような数日。ようやく日常を取り戻した気分である。

 充実感に満たされる一方で,マスメディアを通じてやり切れないようなニュースの数々。一体,この国はどうなってしまったのだろう。経済活動という名の下に,人間がこれほどまでに軽んじられる。まさに主客転倒と言わざるを得ない状況である。人間が生きて暮らしていくと言うことと,会社の存続。はじめから比べようもないはずのことが,全く逆に動いているとしか思えない。

 人間はかつて,自分とその家族が数日間を生きるために必要な食物を得て,それを十分なものとして生きていた。「必要以上のものを採らない」ということが,地球そのものと人間が共生するための知恵であった。

 先進国と発展途上国。その概念が生まれたのはいつ,どこでなのだろう。力の強い者が優位に立ち,力の弱い者を支配下に置く。そんな中で「私たちは先進の国」「おまえ達は発展途上の国」という意識が生まれてきたのではないだろうか。
 ポリネシアのある島の長が言う。「白人達は,私たちの島に来て,粗末な家に住んでいるという。しかし,私たちの家は,この島の自然環境の中ではぐくまれてきたものだ。白人が住んでいる家をこの島に持ってくることが,優れているのだろうか。私たちはこの家がこの島には最も適していると思う。」
 先進国という国が行ってきたことは,そんなことでしかなかったのではないだろうか。大量生産と大量消費,そして拡大し続ける経済活動によって,先進国が残してきたことは「地球の破壊」だけであったようにすら思える。

 そんな「経済活動」の中で,人間が生存権を脅かされている。会社の存続と一人の人間の暮らしを比べたときに,ひとりの人間の暮らしの方が大切。少なくとも私はそう考えることが正しいと信じて生きてきた。それは今も変わらない。会社が危機に立ったとき,それを支えてきたのはいつも末端の社員である。給料を減らしてでも仲間を思いやり,さらには共に「会社のため」を思って汗水流してきた。その力がこの国を支えてきたのではないのか。年末年始になると,支え合って新しい年を迎えられるようににてきた。それがこの国の素晴らしい伝統であり文化であったのではないか。少なくとも,年末を控えた師走に,賃金も住まいも奪うようなことをすれば,かつては経営者が社会からスポイルされる。そういう正義がこの国にはあった。

 マスコミの皆さんよ。これまで政治家や犯罪者を極限まで追い詰めてきたその舌鋒で,心ない経営者たちを追い詰めてみてはどうだろう。それとも,彼らはスポンサーだから手加減をするのだろうか。

 私の日常に変化はない。家族が笑顔で毎日を過ごしている。アメリカ経済が危機的状況であることも,日本経済がその大きな影響を受けていることも,円高であることも,株価が下落していることも,家族の生活に影響してはいない。それが大きな影響を受けるような構造を作ってきたのは,誰なのだろう。この国の素晴らしい文化が「経済」の名の下に破壊されようとしている。そろそろそのことに気づかなければ,日本の中に息づいてきた良き「日常」はもとより,国そのものが立ちゆかなくなるように思えてならない。
 互いの文化を尊重し,認め合う。2009年を,そのスタートの年にしたいものだ。

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2008年12月 7日 (日)

コンサート前日の指揮者

 明日はいよいよコンサート。昨日までの仕事と通勤(片道1時間半)の疲れを取るべく,いつもより少々朝寝坊。それでも,起きてから新聞を読み,ネットのニュースにも目を通して,まだ10時だった。5歳の息子は水疱瘡。しかし熱はなくなったので元気。3歳の長女は明日の午前に幼稚園の面接がある。高1の長男は来週からテストだとか。
 コンサートで使うプロジェクタとパソコンを繋ぐケーブルが長さ不足のため,用意しなければならない。会場入り口の飾り付け用ポールを固定するため,強力な両面テープが必要。第1部と第2部で着るカジュアルなステージ用のシャツも買わなければならない。そして,ホールへ持ち込むいくつかの道具を,今日の内に用意しておかなければならない。
 前日ではあるが,「悪魔の飽食」合唱団の練習がある。昼食をすませて13時に家を出る。13時30分から2時間の練習。こちらは2曲目まで終わらせる予定で会場に入る。いつもながらの練習だが,ハーモニーを良くするために,新たな練習方法を入れて,チェックを行っていく。15時30分にようやく2曲目を最後まで通し終える。30分かけて帰宅。
 その後,百満ボルトでプロジェクタのケーブルを購入。そして,ホーマックで両面テープを見つけ,ユニクロで衣装のシャツを選ぶ。帰宅すると18時を回っていた。子どもたちが「お風呂に入りたい」と言うので,二人を伴って入浴。風呂上がりに,明日のパワーポイント操作用の台本に書き込みを入れ,これでほぼ準備完了。部屋の中には大きなケーキのレプリカ。300個の風船と,それに伴う用具。本番用の楽譜,衣装などが出ている。あとは,気持ちを落ち着けて休むだけか・・・。

 前日というのは,たっぷりと自分の時間をとって,精神も肉体もゆったりしたいというのが本音。しかし,平日には時間が取れないので,最後の用意は今日になってしまった。なんとなく気持ちが不安定で,子どもをしかってしまうことが多いような気がする。心の中で「ごめんね」とつぶやく。
 頭の中には,明日の午前からの準備のことが思い起こされるが,極力消去するようにしている。自分の中にいくつかの不安があったとしても,明日は会場に入ったら,とにかく笑顔だ。心のゆとりを持っていなければ,メンバーに良い歌は歌ってもらえない。本番の指揮には絶対の自信がある。だから,そこへとスムーズにつないでいくことが絶対に不可欠だ。
 明日のステージリハで,最終的に確認する項目だけを頭の中で整理しておく。あとは,自分とメンバーの一人一人を信じること。昨日の朝,通勤途中に久しぶりの大きな虹を見た。その瞬間,確信めいたインスピレーションがあった。間違いない,成功する。

 コンサートを終えた時のことを想像すると,わくわくしてくる。きっと親子連れが多いだろうから,子どもたちの楽しそうな顔と,普段はコンサートから足が遠のいていた母親達の喜ぶ顔が見られるはず。そのことの意義が大きいと思ったから企画したコンサート。経験のなせる技か,前日でも緊張して眠れないことはない。明朝までぐっすり眠って,気持ちよく目覚めることにしよう。

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2008年11月30日 (日)

プロ魂

 昨夜の9時台。合唱団の練習から帰宅してテレビをつけると「王監督のメッセージ」という番組。長くソフトバンク・ホークスの監督を務められた王貞治氏は,私にとっても昭和のヒーローである。読売巨人軍の黄金時代,「巨人・大鵬・卵焼き」の世代としては,特別な方である。その王監督がユニフォームを脱ぐ決断をされた。「無二のヒーローが,表舞台を去った」と感じるのは私だけではあるまい。引退セレモニーには,ホークスファンならずとも胸に熱いものがこみあげてくる。

 「プロは,失敗しちゃだめなんですよ。もちろん失敗もあるのだけれど,それを自分が許してはだめなんです。」という王監督の言葉。それを聞きながら「指揮者も同じだな」と思った。文化勲章を受章された小澤征爾氏は,過去にこんなエピソードをお持ちだ。小澤氏が初めてウィーンフィルを振ろうとしていたとき,マネージャーが言ったそうだ。「初めてだから失敗があっていいとは思わないこと。一度の失敗は,その後の仕事がゼロになることを意味します。」と。「プロは失敗しない」はスポーツ選手も音楽家も同じなのだ。

 番組の中で王監督は様々な思いを語る。ホークスの選手一人一人にどんな言葉で接してきたのかが紹介される。WBC優勝時に参加したイチロー選手が,王監督について語る。それらを聞いていて思った。「原監督が同じ事を言っても,選手への響き方は違うのだろうなあ」と。翻って自分の練習を振り返る。私の言葉はどれほどの重さでメンバーに伝わっているのだろうか。
 王監督の言葉の重さは,選手時代の努力と実績を誰もが知った上で,しかも,監督に就任してからの実績や責任感を誰もが知っているからこそ響く。つまり,その人の言葉は,その人の努力や実績に基づいて語られたときに,大きな重みを伴って響くと言うことだ。どんなに立派ですばらしい言葉を連ねても,実績を重ねなければ説得力が失われるのだ。
 プロに限った話ではない。王氏のことばは,ひとつの物事に真摯に立ち向かうすべての人に共通するもののように思える。つまり「プロ魂」とは,職業的プロだけにあてはまるのではなく,「そのようにありたい」という志を持つすべての人にあてはまるのだ。
 王監督は,スランプに陥った打者に「打てないときは,自分の技術に改善を加えるチャンスだ」と語ったという。要するに「それこそが学びの時」ということ。

 見終わって思わず「男として,こうありたい」と思った。

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2008年11月29日 (土)

コンサートのイメージ

 ひとつのコンサートを企画運営するのは,かなりのエネルギーを要するものだ。ステージ割りと選曲に頭を悩ませるのはもちろんだが,そこにステージごとの企画やロビー周辺の仕事,そして宣伝方法などまで考えていくと,実にたくさんの仕事を計画しなければならない。加えて,それらのことを通してメンバー一人一人が活躍できる場面を設けようとすると,通常の役員体制では対処できない場合もある。

 秋から冬にかけての時期は,アマチュア団体のコンサートが目白押し。中には周年記念などの大きなコンサートも散見する。自分たちの得意なレパートリーがあったり,大曲に挑戦するなど,団体ごとに工夫を凝らしたステージが展開される。音楽的にすばらしい演奏はもちろんだが,「一生懸命練習したんだろうなぁ」と感じて大きな拍手を送る。歌っていらっしゃるメンバーはアマチュアである。専門的な勉強をしている方はごく一握り。多くは合唱団に加わってから学び始めた方々である。その方々が,練習の中でどんな苦労を乗り越えてステージに立つに至ったかは,仕事柄察しがつく。練習会場には毎回テープレコーダーがならび,おそらく自宅に帰られてからも練習に余念がなかったことだろう。
 そういう方々がステージに立ち,きらびやかな照明を浴びて歌う。生き生きと表現している姿を拝見していると,心からの拍手を送りたくなる。当然である。
 しかし,である。コンサートがそれで良いとは思わない。それは発表会ではあるけれども,コンサートと言えるのだろうか。言葉の定義の問題ではなく,「練習したものを発表する会」と,「ある目的を持って演奏をする会」には大きな隔たりがあるように思う。当然,前者は無料であるべきだし,後者は有料でも良いだろう。ただし,後者の場合には「目的の達成度」が問われて当然ではないだろうか。

 自分が指揮者としてコンサートを企画するときに何を考えるか。そこには二つの方向性があると思う。ひとつは「現在のメンバーを考えた上でのステージ構成」ということ。人数や力量,技術的な特性などを考えながら,コンサートを通してメンバーがステップアップできるという要素も考える。この考え方は,おそらくどんな指揮者の方でも考えていらっしゃるはず。そして,もうひとつの方向性は,観客への視点。つまり「コンサート全体を通じて何を残したいのか」ということである。ひとつひとつのステージが重ねられた結果,観客にどのようなことが伝わるのか,伝えたいのか。あるいは,心に何を残したいのか。この視点は意外に忘れられているような気がする。
 難しいことではないのだと思う。要するに,コンサートを終えて会場を後にするお客様が,どんな表情で,どんな気持ちになって,どんな会話をしながら帰って行かれるのか,それをイメージすることなのだろう。「こんな会話をしながら,こんな表情で帰っていただきたい」というイメージができあがれば,何をどんな風に企画すればいいのかが見えてくる。そういうコンサートに,もう少したくさん出会いたいと思う。

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2008年11月23日 (日)

上品と下品

 「ステージで歌うと言うことは人様に聞いていただくということ。普段着の声ではなくおもてなしの声で」練習中に私がよく言う言葉だ。加えて「古来から日本には『包む』という礼の表し方がありました」とお話しすることもある。
 子どもの頃,家には風呂敷が何枚もあった。普段使うものからよそ行きのものまで。よそ行きの物は子どもの目で見ても素材の良さがわかった。人様に差し上げるのには最高級の風呂敷に包んで,普段は自分たちも手にしないような良品を贈る。さらに「つまらないものですが」と言葉を添える。
 他人のことを言うときには,自分の品格を落とさないだけの配慮を持って評した。バッシングなどということは聞いた覚えがない。他人を語る前に,自分自身の心や居住まいを正すと言うことが,自分自身の品格を保つ術でもあったのだろう。

 いつの頃からか,日本の中にこうした「上品」な心が失われていった。テレビのスイッチを入れれば,誰かを追い込み,たたきのめすような内容ばかり,雑誌を開いても同じである。司馬遼太郎先生の言葉を引用するまでもなく,日本には儒教の精神が確固たる文化として息づいてきた。それは「こんなもの無駄だし,いらない」と言うほどちっぽけなものではなかったはずだ。しかし,急速に進む経済発展と豊かさの幻想の中で,絶滅危惧される文化へと追いやられてしまった。

 かつての上品さの中には,どんな方に対しても相手を思いやる気持ちが流れていた。だから,すべてのテレビ局や新聞が「あいつは悪いやつだ」と異口同音に言うことすらためらっていた。同時に,そうしたためらいの中にどのような配慮や想像力があるのか,ということを我々は気づいていた。そんなことに気づけなくなった社会や人間は,一体どこに向かおうとしているのだろう。

 小さな失敗に対して理解を示し,さりげなく気づかせ,なおかつ相手が自分自身を振り返り,あるべき姿へと成長するのを待つ。そういう心のゆとりが感じられない世の中。そんな中で人間が生き生きと生きていけるはずがないではないか。自分の目や耳から入ってくる情報のすべてに余裕がなく,相手の息の根を止めるまで追い詰める。そんな社会になっていることに大きな危惧を持つのは,私だけではあるまい。その相乗効果が,無差別殺人へと人の心を向かわせていることに,何故気づかないのか。これはもう,社会自体の病理になりつつある。

 そういう社会から隔絶された,ゆとりの中での成長を後押しできる。そんな合唱団を目指したいと考えるようになった。失敗や間違いがあっても,練習を終えて帰るときに「自己反省」こそあれ,充実感や幸福感を持って会場を後にできる。そんな練習が必要だと思う。もちろん,コンサートにおいても,お客様が幸せな気持ちでお帰りくださることを考え,そのために必要なことを,メンバー全員で考えて作り出していく。そういう中でこそ,自分を愛し,同じように相手を愛せる人が育っていくような気がしてならない。
 そういう気づきを,私自身も実行し,実現していかなければ,下品な人間の一人になってしまうのだと思っている。

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2008年11月18日 (火)

入場料1000円

 旭川室内合唱団のチャリティコンサートが12月7日。コンサートに向けた様々な準備が進められ,練習も佳境を迎えつつある。コンサート企画の具体イメージを提示してからは,各係ごとにアイデアを出していただき,全員で創り上げるコンサートへと前進している。
 各係の動きや全体の予定をお知らせすると共に,コンサートに向けて考えておきたい事柄を共有するために,臨時のコンサート便りを発行した。直近の記事の中で「入場無料は無料ではない」という主旨の巻頭文を掲載した。来場者の交通費や駐車料金,さらにコンサートのために割いてくださった時間を賃金換算すると,少なくとも3千円程度の見積もりになる。そのことに応えられるコンサートにしなければならない。そういうことをわかっておいて欲しい。お客様は正直だ。かかった経費を下回るコンサートを繰り返すと,確実に足を運んでくださらなくなる。将来に向けて自分たちの演奏に触れていただき,「また足を運びたい」と思っていただくことで,リピーターをつかむ。演奏の質が良いだけでは玄人受けするだけ。そこに「誰もが楽しめる」という付加価値を持たせることで,より多くの方々に興味を持っていただくことができる。
 私にとって,こうした考え方は当たり前のこと。自分たちの演奏やコンサートを,合唱団という組織が作り出す商品と考えれば,上記のようなことは当たり前である。このような考え方にこだわるのには,もうひとつ大切な意味がある。それは,「入場料をいただく」ということに甘い考えを持って欲しくないからだ。お金をいただくことの重みと責任。それをわかった上で,将来の有料コンサートに向かっていきたい。そうすることによって,自分たちの演奏への意識を高めていきたい。

 そんなことを考えて通信を配布した練習の後で,ある団員の方が近づいてきて教えて下さった。彼女は某合唱団の演奏曲目に興味があって,コンサートの宣伝がてら練習を見学に行った。その彼女が見てきた練習について「私たちよりもコンサートが近いのに,私たちの今の演奏よりもできていない。この状態で千円の入場料なの?と思ってしまった。」と伝えて下さった。
 このようなことがアマチュア合唱団には多くないだろうか。私から見ると,入場料をいただくことに麻痺しているとしか思えない。人様からお金をいただいてコンサートを開く以上は,お金をいただくことや料金設定について,メンバーの一人一人が同じように理解し,責任を持っていなければいけない。千円というお金は,最低賃金で換算するなら,一時間半以上の労働に値する。

 あるとき,アマチュア演劇の演出をされたプロの演出家の方に,「これほど役者さん達の演技が磨かれて仕上がってきたのですから,500円位はいただいてもいいかもしれませんね。」と,冗談でお話しした。その時に帰ってきた答えは「500円いただくというのは,この程度では無理。」というものだった。もしもアマチュアの演出家だったら,同じ芝居に同じ答えが返ってきただろうか。眉唾である。

 入場料1000円。私は怖くていただけない。

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2008年11月14日 (金)

水の魂

 混声合唱組曲「水のいのち」は私の大好きな作品のひとつだ。演奏履歴の中でも3度指揮したことがあり,私の経験の中では最多をほこる。合唱祭等で数曲が取り上げられることも多いが,残念ながら良い(正しい?)演奏に出会ったことがない。そのたびに「指揮者の勉強ひとつで音楽は生きるか死ぬかが決まる」ということを自戒する。
 私が合唱を始めた30年ほど前は,まさに高田三郎作品の全盛期とも思える時期だった。全国コンクールなどでも積極的に取り上げる団体が多く,素晴らしい演奏を幾度も聴かせていただく機会に恵まれていた。当時から高田先生の作品演奏に当たっては明確なテーゼがあり,それは高田先生ご自身が指揮をされる際に,特にこだわっていらっしゃった演奏の方向性に準拠している。
 高野喜久雄先生の詩と高田先生の曲が一体になったときには,特に方向性が強く明確になるように感じる。それはお二人が敬虔なクリスチャンでいらっしゃることと,切り離して考えることはできないだろう。事実,私自身もお二人の作品の精神性を本当の意味で理解できたのは,自分がクリスチャンになってからである。
 高田先生の「詩」に寄せる思いは非常に強く,それは作曲のみならず,演奏場面においても重要視される。端的に言うならば高田作品における「日本語の発音」は,他の作曲家の作品とは一線を画す。戯曲家の木下順二先生が「夕鶴」において「日本語のあり方」を深く追求されたことに似ている。子音の立て方と母音の発音を「生きたことば」として深いレベルで探求していかなければならない。実際に取り組んでみると,息継ぎが極めて大変になるほどに口角と舌を使わなければならない。それが高田作品のテーゼなのだ。
 そしてもうひとつ。それは「魂」の込め方。高田先生は「水のいのち」について『英語で言うならLife of waterではなく,Soul of waterなのです。』と語っていらっしゃる。それは「自分がいかに生きるべきなのか」を自問自答していくような重さと深さを伴う。名演として残されている神戸中央合唱団を指揮された折の練習では,練習開始までに1時間にも及ぶ高田先生の「魂の講話」があったと聞く。その講話をいただいた合唱団は,次の瞬間から「魂の歌」を歌い始める。そういうエピソードは,高田先生が指揮をされた全国各地に残されている。
 「Soul of water」(水の魂)は,実は私たちの魂への問いかけであるし,それが聴衆への問いかけとなっていなければならない。もう一度,そんな「水のいのち」を振ってみたいと思っている。

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2008年11月13日 (木)

鎮魂のために

 合唱組曲「悪魔の飽食」の練習が始まって一月半が過ぎた。北海道内の公募合唱団メンバーは2百名にも届こうかという状況とのこと。公演開催地である旭川の練習は,回を重ねるごとに熱を帯びてきている。
 10月初旬に練習が始まり,3回目の練習を終えた頃,私の体調は最悪だった。風邪をひいたことに始まり,肩こりと疲れ。さらには胃炎による痛みまで抱えての毎日だった。睡眠時間を十分に取るように心がけてはみたものの,いくら寝てもスッキリしない毎日。そんな状態が10日間ほど続いた。もちろん,原因は疲労の蓄積だと思って疑わなかった。
 3日前,「悪魔の飽食」への参加を考えている幾人かのメンバーに,練習会場であるホールのステージで中国公演のCDを聴いてもらった。CDが流れて15分ほどたった頃,二人の方が寒そうに肩をすくめ,ジャンパーに袖を通した。折しも,無人の客席を含めたホール内には,いわゆるラップ音のような音が幾度か響いていた。

 ハルピンの収容所では,2千人におよぶ方々が「マルタ」と呼ばれる生体実験の材料として命を奪われたという。その方々の無念は察するに余りある。あるいはこの世への思いを断ち切ることができずに,さまよっている方もいらっしゃるのかも知れない。
 ホールでの出来事を思い返すと,10月下旬に私が体調を崩したことも,何か関係があったのかもしれない。おそらくそれは,「私たちの無念の死を,正しく伝えてほしい」という願いなのではないかとの思いを巡らせている。
 私は戦争を知らない世代の一人だが,加害者の子孫としての責任は果たさなければならないと考えている。異なる論理を持ち出すことで,戦争を正当化する必要性も感じない。だから,組曲「悪魔の飽食」の演奏に関わる責任ある一人として,犠牲になられた方々の魂を鎮めることができるように,全身全霊を傾けて練習の先頭に立っていこうと,思いを新たにしている。

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2008年11月10日 (月)

「合唱」ではない合唱

 私の勤務地,士別市朝日町にあさひサンライズホールという公共ホールがある。市民参加型の企画や学校への出前コンサート,出前ワークショップなどが盛んに行われており,全国の公共ホールからも注目されているホールの一つである。私が勤務する中学校にも,音楽アーティストはもちろん,ダンサーや演出家などがやってきて,全校生徒を対象にしたワークショップが頻繁に行われている。
 そんな環境もあって,演劇関係者との接点が多くなり,ステージ表現の方法や可能性について考えることが多くなった。それは当然,音楽におけるステージ構成の考え方にも影響している。

 昔から不満に思っていることがあった。合唱のコンサートに変化がないことである。色物として動きを入れたり,あまり上手ではない演劇を取り入れるなどのパフォーマンスには出会うが,観客をうならせてくれるようなステージ表現に出会うことがほとんどない。
 第一には「並んで歌う」という表現方法を越える作品が極めて少ないことにある。合唱オペラや合唱劇などを創作してくださる作曲家はいらっしゃるが,あまりに平易すぎたり,逆に規模が大きすぎたりして,とても自分たちのコンサートで取り上げることができない。また,柴田作品のようなシアターピースに取り組んだこともあるが,これも決して選択肢が多いとは言えない。

 合唱というと,ステージの平台にメンバーがならび,まん中に指揮者がいる。ほとんどの曲は客席にもステージにも大きな動きはなく,音を楽しむという形。それはそれで十分に意義があることなのだが,そればかりで2時間近くも座らされているのは窮屈に思える。合唱演奏会に足を運ぶ一般人が少ないのは,おそらく「つまらない」からなのだ。
 間違いなく合唱だし,合唱によって構成されているけれども,ミュージカルでもなくオペラでもなく。それでいて深いテーマがあって,大きな感動が得られる。そんな合唱のステージを創り上げられるような作品はないのだろうか。これほどまでに様々なステージエンターテイメントが存在する現代にあって,そうした試みに挑戦する作曲家が希少であることには疑問を感じる。全国に名を知られるような高水準のアマチュア合唱団のメンバーが求める曲があるのはわかるし,そういう団体からの委嘱によって生まれる作品が多いこともわかる。しかしそれでは,あまりにも歌い手の立場にばかり立ちすぎてはいないだろうか。観客の立場に立ってみると,もっと作品の種類が広がってしかるべきではないだろうか。実は,合唱というものが観客層を広げていけない原因は,そんなところにもあるような気がする。クラシック音楽の延長線上に存在するだけでは何かが足りないように思う。
 オリエンタルランドが,東京ディズニーリゾート内にシルク・ド・ソレイユ専用の劇場を建て,日本におけるステージエンタテイメントの広がりに向けた挑戦を始めたという。合唱音楽の世界にも,ステージをエンタテイメント空間と考える時がやってきているように思えてならない。

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2008年11月 8日 (土)

求人ー威厳のある父

 合唱団に所属して最初に所属したのがテノールパート。発声の基本もできていない頃で,自分が満足できる歌を歌えた記憶がない。1年ほどしてバスパートへ移籍。それから31年間バスパート,今ではすっかりその魅力にとらわれている。

 自分がバスパートの歌い手であるので,バスパートの在り方にはこだわりもあるのだ。その楽しさも知り尽くしているが故に,良い歌い手になって早く気づいてほしいとも思う。ところが,最近「いいバス」に出会うことがめっきり減ったように思う。私が合唱を始めた30年前には,私の周りにすばらしいバスの歌い手が大勢いた。そんな中でどれほどのことを学んできたことだろう。何を質問するわけでもなく,隣で歌っていれば「こう歌った方がいいんだ」ということが一瞬でわかる。そんな歌い手が幾人も歌っていらした。
 まず,声に艶や深みがない。発声法の指導を続けても非常に時間がかかるし,なかなか定着しない。いくら指摘を受けても不用意な声を出す。一体,何を考えて歌っているのかと疑いたくなるようなことが繰り返される。もちろん年齢的なことによる身体や集中力の衰えもあるのだろう。とは言っても,である。みんなで合唱を創り上げるためには,自ずから考え,感じ取り,改善を繰り返すことが必要なのではないか。と,誰にぶつけようもない愚痴をこぼしたくもなってしまうのだ。

 近年,社会の中で男性の力が弱まってきている。家庭の中で亭主関白を貫いていらっしゃるご亭主は,ほとんど絶滅危惧種になりかかっている。我が家のことを主人である自分が決定することもできない。それはもはや主人ではない。案外,そんなことが「いいバス」を減らしているのではないか。私の経験からすると,人間の声には人格が投影される。声に艶や深みがないということは,そのような生き方や生活ができていないということかもしれない。精神的に威厳を持たない人から威厳のある声は出てこないし,哲学的な思考をしない人には哲学的な声は出せない。三大テノールの声や演奏を聴いていても,それぞれの内面がくっきりと声に表れているではないか。
 そうか。「いいバス」を少なくしたのは,お父さん達の権威を奪ってきた者達だ。だったらどうすればいいのか。そう,威厳のある父を「声」から復活させていけばいいのだ。合唱団の中で威厳のあるバスを育てて,彼らを家庭や社会へと送り出すべく背中を押していけばいいのだ。そのためには,合唱団の女性達に,彼らが威厳を保てるように内助の功を発揮して貰わねばならない。つまり,女声パートには良妻賢母になっていただく。良き妻であり,賢い母。異論はないはずだ。
 かくして,合唱団の中で,家族の在り方を再生していく。うん。合唱の意義がまたひとつ増えた。

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コンサート企画

 12月にチャリティコンサートを控えているA合唱団。昨年までは会議室でのサロンコンサートを行ってきたが,今回は初めてホールでのコンサートを行う。当然のことながら,私自身のコンサートに向けたスタンスも異なる。ホールのキャパシティも大きく異なるため,広報活動も本格的にやらなければならない。
 コンサートに向けて,当初は指揮者という立場で企画を進めてきたが,団内での各係活動と企画のリンクが必要になってきたため,私がプロデューサーを兼任することにしていただいた。

 コンサートに来られる観客の立場で,ホールに入場してから客席までを想像する。4部構成のステージそのものを想像してみる。コンサートを終えて会場を後にする方々の表情や会話を想像する。そして,「そうなるように」をポイントにした接客や企画の具体的方法を考えていただく。プロデューサーサイドでは,「当日のホールはテーマパーク。団員はキャストであり,ステージはアトラクション。」という大きなイメージをお伝えする。あとは,全団員が分担している係に具体プランを考えていただく。私は係同士の連絡調整と,出てきた具体プランへのアドバイスをする。

 他の団体では,あまり行われていない方法ではないかと思うが,私はこういったコンサートづくりによって,来場下さった皆さんに「合唱の楽しさや素晴らしさ」を体験していただきたいと願っている。そしてもうひとつ。自らコンサートづくりに関わっていくことで,団員のみなさんにも達成感を味わっていただきたいと考えている。
 「まるで会社みたい」と評される方もいらっしゃるが,まさにその通り。合唱団をひとつの組織として考え,コンサートという商品をお客様に提供する。その商品に納得いただき,喜んでいただければ,必ず次回も足を運んでいただける。加えて,「合唱でこんなことができるんだ」という,その合唱団だけが有する付加価値をも感じ取っていただけるのではないかと思う。

 親子で楽しめるコンサートというのを企画の中心に据え,小さなお子さん連れでもOKという部分をポイントにした。広報活動の中では,市内に100数十カ所ある幼稚園と保育園を,団員が手分けしてすべて訪問し,保護者等へのチラシの配布をお願いしてきている。そんな活動の中で,自分たちがステージに立って歌うということを,一人一人が見つめ直しながら当日を迎えることができたなら,来場者の喜びが自分たちの喜びとなるに違いないと信じている。

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2008年10月24日 (金)

視点

 一方だけから見たり聞いたりしてそれを信じてしまい,あとで後悔することがある。違う方向から見たり聞いたりすると,直前まで信じていたことと正反対の印象を受けたりする。実はそれは,音楽団体の活動や指揮者の考えにもとても大切な警鐘を鳴らしているように思う。
 先日,ある教育研究会で研究授業を拝見した。授業参観を終えた研究協議では,一様に授業をされた先生へのお褒めの言葉。そんな中で私はたった一人で小さな異議を唱えさせていただいた。それは,「子どもの立場に立って授業を見ていると,課題の解決に向けた教師の手だてに,生徒が迷いを生じていた」という点であった。先生方の集まりはどうしても「教師目線」で見てしまうが,「生徒目線」で同じものを見ると,問題点が見えてくることもある。
 指揮者の世界も同様で,指揮者が「素晴らしい演奏だ」と感じていても,演奏者がそのことを同じように共有できていない場合がある。「ああしろ」「こうしろ」と指示ばかりの練習を続けていると,とかく「歌い手の立場」を忘れがちである。

 音楽団体への考え方も様々である。「とにかく楽しく」という考えがあれば「一層の高見へ」という考え方もある。しかし,意外に「そこで一人一人が成長できるように」という視点は見落とされがちのように思う。指揮者や役員がメンバーを管理しようとするのはその典型。音楽団体は確かに音楽演奏のための集団であるが,様々な活動を通して人が育ち,一人一人が自らの成長を実感できると,音楽作り以外の喜びもふくらむように思う。いいや,もしかするとそれこそが最も大切な目的なのかもしれない。

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2008年10月22日 (水)

芸術の秋

 血圧測定をすると,きまって20代の頃とほぼ同じ程度の数値が出る。いたって正常値だ。大病の記憶はまったくない。こんな体に生み育ててくれた両親に幾度感謝したか知れない。
 秋を迎えて合唱団は大忙し。旭川の合唱団は12月のコンサートに向けて,休日の9時から5時という強化練習。士別の合唱団はいずれも目前の合唱祭に向けて最後の追い込み。当麻の合唱団は文化の日に生涯学習フェスティバルに出演。文化の日に絡んでは,士別の一団体もステージがある。まさに芸術の秋。
 先日などは,朝の9時から夜の9時まで合唱団をはしごして振っていた。一つの合唱団であれば疲れはお互い様だが,別の団体との練習になると言い訳は通用しない。結局12時間のロングラン。おまけに週末からのどの調子がおかしいと思っていたら,のど風邪にやられてしまった。練習中にも時折頭痛がある。けれども,調子が悪い顔を見せるわけにはいかない。目の前にいるメンバーは本当に一生懸命なのだ。その日はさすがに帰宅してすぐに薬を飲み,ベッドに倒れ込んだ。なぜなら,翌日の午後には再び練習があるから。
 その後もそれぞれの合唱団の練習が連日続いている。疲れを感じることもある。しかし,ひとつだけ気づいたことがある。練習に無駄が少なくなっている。テンポ良く練習が進み,曲の変わり方も大きい。時間がない中で楽譜を読み,出てきた声に手短に助言する。そんな毎日が,もしかしたら私自身を良好な集中へと導いているのかも知れない。この感覚を持続したいと思うのだが,そのために忙しさが緩和されないのだとすると,究極の二択である。幸い風邪は快方に向かっている。

 煙草を吸いながら空を見上げると,秋特有の爽やかな青空が広がっている。芸術の秋。絵も見たいと思った。

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2008年10月15日 (水)

風を聞く

 私は喫煙者だ。事情があって幾度かやめた(止めた?)ことはあるが,30年来吸っている。妻からは「やめないの?」と問われることもあるが,今のところは吸い続けている。健康のために,などと殊勝なことは考えていないが,大幅値上げがあったらやめようと他力本願を決め込んでいる。
 健康増進法のおかげでいたるところが禁煙になる中,職場でも「屋内禁煙」になって早3年。酷暑の日も風雪吹きすさぶ日も,毎日数回は職場の玄関前や中庭で紫煙をくゆらせている。喫煙習慣のない方々からは「こんな天気なのに大変だねぇ」と,慰めとも皮肉ともつかない言葉をかけていただくが,屋外喫煙をするようになって得したことがひとつだけある。

 北北海道の春夏秋冬は,おそらく南北海道以南の各地方よりもはっきりしている。夏は摂氏30度を超える日があるし,冬は(暖かくなったとはいえ)氷点下25度を下回る日がある。その温度差は55度以上である。しかし,中庭の数本の広葉樹や玄関前から遠く望む山々の木々。季節や天候によるそれらの移り変わり。ほんの5分程度のものだが,空気と共に自然の微妙な変化を感じ取ることができるようになったのは,屋外喫煙になってからなのだ。その中でどれほど多くの発見や感動を得たか知れない。

 中庭の木の葉をじっくり見つめていると,それぞれの木にそれぞれの生きる術があることに気づかされる。今はちょうど紅葉と落葉の季節だが,半年間一本の木の生命を支えてきた葉は,よく見るとどれも傷を負っている。樹木が一年を生きるというのは,かくもすさまじいものなのかと思う。遠くの山々は雪の季節に向かって準備をしている。

 そんなことを風の中で感じ取っていると,もしかして私は「風を聞いている」のかな?と思ったりもする。そんな毎日を繰り返すうちに,季節ごとの空気や風を感じ,自然の奏でる音楽をも感じ取ろうとする自分がいることに気づいた。これらの感動が,音楽づくりにつながっていることは言うまでもない。おそらく喫煙習慣のない同僚はこんなことは感じられないのだろうと思うと,人様より少々多めに税金を払っている分は,感動という形で取り返しているような・・・。

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2008年10月13日 (月)

才能

 指揮者などを長年やっていたり,作曲や編曲をしていたりすると,「才能があって・・・」とお褒めの言葉を頂くことがある。そんなときは相手の気持ちを害さない程度にお礼を申し上げて,お茶を濁すことにしている。なぜなら,自分で「音楽的な才能がある」との確信を得たことがないから。
 どんな仕事をされている方でも,人様より以上になりたいとお考えの方は,その道での才能を欲するものだと思う。もちろん私も欲しいと思う。ただし,自分が偉くなったり有名になったりするためではなく,指揮者として合唱団の目に立つときに,その指揮者には才能があった方がメンバーが幸福だから。

 いったい,才能とはどのようなもので,どこからが「才能がある」と言うのか。その境目が極めて曖昧なのだ。一時期脚光を浴びた「絶対音感」も,持っていれば才能があるとは言えない。それはある時期のトレーニングによって身につくものだから。要は使い方が音楽的でなければ無用の長物。むしろじゃまになることだってある。

 私は自分を振り返ったときに,そこには反省と勉強と努力があるだけのような気がする。人様よりも少し良い練習や演奏づくりができるのだとしたら,それは人様よりも勉強して努力したことが実になっているだけのような気がする。幸い私は,19歳で初めて指揮をしてからこれまで,常にどこかで指揮をさせていただく機会が与えられてきた。そういう機会に恵まれたことも,勉強を続けることができた大きな要因なのだろう。

 過去に一度だけ,札幌交響楽団の25名の楽員の方々を前にして指揮をさせていただいたことがある。その折にコンサートマスターの方から「指揮者が誰であっても,メンバーはまずその人自身をつかもうとするものなんです」とのお話をいただいたことがあった。つまり音楽性を見ているのではなく,人間性を見ていると言うこと。正直言って驚いたが,どんなに天才的な指揮者であっても,その方が人間として首をかしげてしまうような方だったら,一緒にいい音楽を創ろうという気持ちにはなれない,ということなのだろう。

 編曲を始めたことや作曲を始めたことにも,その時々の合唱団との関わりの中で必要があったからやり始めたこと。やっていくうちに「もっとよくしたい」と思って,様々な形で勉強した。もちろん現在でも勉強を続けているが,私などよりも豊かな才能に恵まれていらっしゃる方は大勢いらっしゃる。それを考えたときに,自分の勉強の足りなさや発送の足りなさに気持ちが萎えることもある。それでも,可能な限り一流のプロの方々に近づける仕事をしたいと思う。それにはやはり「勉強・反省・努力」しかないと思っている。

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2008年10月11日 (土)

充実感

 組曲「悪魔の飽食」を歌う合唱団のメンバーが増え続けているとのこと。実行委員の皆さんは楽譜の追加注文はもとより,様々な反響への応対もあってお忙しい日々ではないかと推察している。

 百名を越えるメンバーの方々が8ヶ月間の練習に臨む。人数が多ければ指揮をする側のエネルギーも大きくなる。ただ,私が「このことが満たされればメンバーが減ることはないだろう」と思っていることがある。それが「充実感」である。もちろん,お一人お一人の。
 毎回の練習で小さな目標が示され,それをクリアするためのメンタルな,そしてテクニカルな方法をお示しできるならば,メンバーの皆さんご自身が「できた」という感覚を得ることができる。人は誰でも,できなかったことができると喜びを感じる。それが繰り返されれば楽しくなる。練習が楽しければ人は集まってくるものだし,出席できない明確な理由がない限り練習にも出席してくださる。そして,やがては合唱団自体が大きく成長していってくださる。
 けれども,指揮者の位置ではどうしてもわからないこともある。それは,自分が練習でメンバーの皆さんに求めていることが,お一人お一人の方にとって認知できることなのかどうか。パートの端で歌っていらっしゃる方が全体の響きの状態やその変化を認知できなければ,合唱としての一体感は損なわれるのだと思うから,その点の確認にジレンマを感じるのである。実はその点が,指揮者にとって最も盲点になりやすい部分なのかもしれない。練習会場の響きという物理的条件が関わる場合もあるから。

 「歌い手の立場で合唱を創り上げていく」という課題を自分自身に課すようになって数年,そのことを何よりも大切にしていくことで,「歌わされている」状態から「歌っている」状態へとメンバーの皆さんを導いていきたいと思っている。ご自分達の合唱は指揮者のためではなく,まずご自分達のために歌っていっていただきたい。そんな合唱団に対して音楽的な立場から解決策や方向性を示していくのが指揮者の本当の役割なのだと思う。
 しかし,集団の中では様々なことが起きる。実行委員会の皆さんが進めやすいように話の入り口を用意することも必要だと思っている。たとえば「主催者側に文句を言わない。意見はより良いものを用意して伝える。」ということ。最近の日本はとにかく文句を言う人ばかりが多い。それは組織や集団にとっては不毛の時間しか生まない。また,それぞれが年代に応じた役目を果たすこと。古来より年長者は「進むべき道や方法」を示す存在だった。そして,人選をするときには「私はできない」と最初に言うのではなく,「目的に照らして人を選ぶ」こと。最適と思われる方が物理的に引き受けられない時には知恵を出し合うこと。実は,差し出がましいとは思いつつも,今後の合唱団運営をより良い方向へ導きたいという思いから,話し合いのスタート時に上記のようなことをお願いした。合唱団づくりには組織を立ち上げていく面と,人を繋いでいく面があり,いずれにも共通する「考えの在り方」が重要である。きちんと時間をかけて話し合うことで,お互いの理解が深まる。お互いが納得できると言うことも,実は充実感の一つなのだと思う。

 毎回の練習を終えてメンバーの皆さんが会場を後にされるとき,どんな表情で帰っていかれるのか。そんなことにも目を向けてみようと思う。そこにはきっと,私の行った練習がお一人お一人の充実感につながっているか否か,結果が見えるはずだから。そして,充実感に満ちて帰られるメンバーの方々の表情を拝見することが,私自身の充実感につながるから。

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2008年10月10日 (金)

勉強の仕方

 先日ある合唱団の練習会場で,1時間ほど私の練習をご覧になっていらした方から「先生は,どのようにして勉強なさっているのですか?」というご質問を受けた。先方は他の町で合唱団の指揮をされていらっしゃる方。ご質問に何かお答えしなければと思いつつ,団の事務局の方との打ち合わせに追われ,そのままお別れすることになってしまった。
 改めて考えてみた。自分はどうやって勉強してきたのか。実は20代の頃には私も同じような疑問を抱えていた時期があった。ということは,同じような悩みを抱えているアマチュア指揮者は多いのだろう。

 私が指揮をすることになって最初にやったことは「合唱事典(音楽之友社刊)」を読破すること。(残念ながら絶版になってしまったが,古本サイトで探せば残っているかもしれない。)この本は現在でも私の合唱バイブルである。斉藤秀夫先生の指揮法を学び始めたのも,ここがスタートだった。合唱音楽の歴史,様式,作編曲,指揮法,解釈,合唱団運営,コンサート等々,合唱に関わることなら何でも解説している。この本を読みながら,一方で鏡を前に指揮法の実技(基礎振り)を徹底的に練習した記憶がある。
 指揮法実技で最も役立ったのは,(これもなくなってしまったが)北海道女満別町が主催していた「オホーツク音楽セミナー」である。小林研一郎先生の直接指導をいただける貴重なセミナーだった。ここで学んだことで「指揮者」というものがわかったと言っても過言ではない。3年間続けて通った。
 解釈に関しては実に試行錯誤の連続だった。これはもう経験と学びしかないのだろう。常にアンテナを張り巡らせていると,思わぬところから欲しい情報が得られたりもする。とにかく歴史や芸術も含めた様々なものへの好奇心を持ち続けること。しかし,私の演奏解釈を劇的に変えたのは「作曲」だった。それも,40分を越える序曲と5つの楽章からなる合唱付きの交響詩。この作曲を終えた頃から,作曲家が何をどのようにして楽譜に記すのか,ということがおぼろげながら見えるようになってきた。その後の小品を含めて,作曲は楽曲解析に非常に役立つと言うことが言える。もっとも,作曲に至るまでには非常に多くの作品を知らなければならない。また,数多くの演奏に触れていなければならないということも言えるだろう。
 練習の進め方に関しては,経験が最大の学びだと思う。指揮をする機会が多ければ多いほど,練習は磨かれていく。ただし,私はかつて自分が歌い手の側だったということもあるので,「歌い手の立場や状況」を考えて練習をすることが多かったように思う。そのことがメンバーから賛同や指示をいただくことは多い。
 発声に関しては,私自身が指導力不足を感じていたので,ある時期専門家をお招きして学ばせていただいた。その後,練習の中でシステムとして取り入れるために,具体的な方法を自分自身で考えるようにしている。この点に関しては「そういう響きになっているか」を認知できる「耳」が重要だと痛切に感じる。かつては私も,そういう耳が十分に備わってはいなかった。
 練習の中で時折取り入れるコミュニケーションのためのワークショップは,勤務先と地元の公共ホールとのつながりの中で,プロの演出家の方々から学ばせていただいたものである。そのことを通して,私は音楽におけるアンサンブルが,人間同士のコミュニケーションと同源であることに気づかされた。その気づきによってアンサンブルの構築方法が大きく変わったように思う。

 最後に,私に最も多くの学びを与えてくださったのは,東京混声合唱団の田中信昭先生である。当時指揮をさせていただいていた合唱団に客演でお招きしたくて,様々な方のお力もお借りして,直接お願いに伺って実現した。「指揮者としてどのようにあるべきか」「歌い手はどのようにあるべきか」ということについて,意識そのものが変わってしまったという思いがある。

 そんな風にして勉強してきたということは言える。けれども,今でも必要なアンテナは常に張り巡らせているし,毎回の練習を反省することが学びでもある。ただ,少なくとも合唱団の前に立つときに自分自身が「プロの指揮者である」という自覚と責任は忘れてはならないのだと思う。メンバーにとっての指揮者はプロもアマも同じ指揮者。指揮者に音楽的な甘えがあれば,それはメンバーへの不利益となる。私は家族を養い,生活をするための仕事は持っている。もちろんそのことには真剣に向かうし,良い仕事を続けなければならない。しかし,合唱の指揮は「やらなければならない一生の仕事」だと思っている。生活のための仕事には定年があるが,合唱の仕事には定年はない。文字通り一生の仕事。その中で自分自身が成長しているという実感を得られることも大きいような気がする。

 先生。こんなお答えしかできませんが,よろしいでしょうか。

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2008年10月 7日 (火)

「悪魔の飽食」北海道公演合唱団結団式

 去る10月4日(土)18:30より,旭川市内の中心部にある会場で,合唱組曲「悪魔の飽食」の北海道公演合唱団の結団式が行われた。私にとっては久しぶりの大合唱団とのお付き合いになる。
 18時を少し回った頃に会場に着くと,すでに多くの方が来られていた。道内は「札幌」「室蘭」「釧路」「函館」「旭川」の5地区で09年5月24日の本公演に向けた練習が行われる。結団式の中では代表者4名に加え,全国縦断コンサートのプロデューサーである持永さんもご出席下さり,第20回目となる旭川での公演に向けた「熱い」結団式になった。現在までのところ旭川地区だけでも120名を越える団員数。これからも増えそうな勢いである。代表者やプロデューサーの方々のお話を伺っていると,そのプロジェクトの大きさや重大さに気づかされ,心臓がドキドキしてくる。太平洋戦争における日本人が,原爆などの被害者の立場から歌う合唱曲は多い,しかし「悪魔の飽食」は加害者の立場から歌われる合唱曲。そうした立場から書かれた作品が極めて少ないことに改めて気づかされる。練習指揮をお引き受けすることがどれほどの責任を伴うかは覚悟していたが,改めて身が引き締まる。

 後半は80分間の練習時間が与えられ,初めて合唱団員の皆さんと向き合って練習を進めることになった。柔軟体操から発声練習へとつなぎ,初心者のために手短に発声や呼吸のポイントを説明しつつ声を出していただく。とはいえ初心者はごく少数と見えて,予想以上に歌い慣れた雰囲気で響きが広がっていく。さほど広くない会場に120名を越える合唱団。夜は気温が下がり始めた旭川でも,さすがに体がほてってくる。
 今日の練習箇所は冒頭の1ページのみ。さっそくプロローグのユニゾン部分の音取りをして,全体で歌っていく。しかし堅い。初めてのメンバーで歌い合わせるのだから当然のこと。アカペラで何回も何回も繰り返していく。「隣の人の声を生かして」「周囲の声に自分の声をとけ込ませて」とアドバイスをするたびに,音色がどんどん変化していく。なかなかいい反応。そこで全員に目をつぶって歌っていただく。さらに,隣の人と手を握りあって歌っていただく。そんな練習を進めるうちに,ひとつの合唱団としての音が見えてくる。この響きをさらに磨き上げていくのが私とメンバーの皆さんに課せられた半年間の課題でもある。
 初回の練習で心がけたことは「集まって歌うだけでは合唱にはならない」「一人一人が感じたことを声で表していくことの大切さ」「半年間でひとつの合唱団となるための意識」等々,これから毎回の練習で繰り返していくことになるであろう考え方を,参加者の皆さんにご理解いただくこと。それらを練習の中で実際にやってみたり,合間にお話ししたりしながら,私の考えをお伝えした。

 8ヶ月に及ぶ合唱づくりと合唱団づくり。長いようだが,曲の難易度を考えると決してそうでもない。私に課せられた使命は「最高の演奏のために必要なすべての事柄を創り上げること」である。寄せ集めのメンバーをひとつの合唱団へと繋いでいく作業が必要だし,一人一人が楽譜から様々なことを読み取り,主体的に表現していくという演奏意識も育てていかなければならないだろう。決して楽な仕事ではないが,指揮者としてはやりがいのある仕事である。

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2008年10月 5日 (日)

コンサートづくり

 10月4日(土)の午後,D合唱団のチャリティコンサートが開かれた。私が指揮者にお招きいただいて6年。私の考えに賛同いただいてスタートしたチャリティコンサートも今年で4回目を迎えた。町内のほぼ中心にある交流施設を会場に,入場無料で2時間程度のサロンコンサートを開き,ユニセフ募金への協力をお願いする。途中の休憩では団員の皆さん手作りのお菓子や飲み物を,これも無料で提供。また,メンバーの中に農家の方が多いので,ご自宅で採れた野菜を提供いただいて「1袋100円」のチャイティマーケットも行う。毎年100名を越える方々にご来場いただいてきたが,今年も盛会であった。
 今年の同コンサート開催に向けて私は,「子ども連れのお母さんに声をかけましょう」と提案した。子育て中のお母さんは,コンサートに足を運ぶことがほとんどできない。しかし,子ども連れでOKなら足を運ぶことができるはず。しかも「世界中の子どもたちのために」というコンサートに,子どもたちが参加してくれることは大きな喜びにもなる。そのために,子どもたちがよく知っている童謡や,一緒に楽しめるような手遊び歌,輪唱などを用意してプログラムを構成した。もちろん,大人の方々にじっくり聞いていただける曲も数曲含まれている。
 合唱団が歌う場所のすぐ前には子供用のゴザ席が用意され,幼児達が遊んでいる。そんな中でコンサートがスタートした。私から観客の方々へ「子どもたちのためのコンサートなので」という趣旨をお伝えし,「危険がない限りは子どもたちの自由に…」というお願いもして演奏を始めた。数曲演奏が進んだあたりから,歌うメンバーの表情がやけに笑顔になっていることに気づいた。しかも,あらかじめ用意した笑顔ではなく,素の笑顔。不思議に思ってゴザ席に目をやると,数人のお子さんが立ち上がり,音楽に合わせてジャンプしたり歌ったり。それを見たとたんに笑顔の理由がはっきりわかった。
 そんな子どもたちの楽しそうな雰囲気は,すぐに会場全体へと広がり,第2部の歌って遊ぶコーナーでは,客席の全員が手遊びや輪唱にご協力下さり,笑顔だらけのコンサートになっていった。客席と一緒に創り上げるコンサート。それは本当に演奏者にも観客の皆さんにも笑顔の和が広がる素敵な時間になった。

 この日の受付にはユニセフからお借りした募金箱を設置して,募金にもご協力をいただいていたのだが,開場からしばらく立った頃に,大きな瓶を抱えたお子さんが見えられた。お母さんと一緒に来場されたこのお子さんが持ってこられた瓶の中には小銭がぎっしり詰まっていた。おそらく昨年のチャリティコンサートに足を運んでくださったのだろう。そして,1年間かけて瓶をいっぱいにするだけの募金を積み立ててくださった。つまり,今年のコンサートに向けて1年間の家庭内募金を続けてくださったのだ。感謝の気持ちをお伝えしたのはもちろんだが,活動を続けてきたことによって,コンサート以外の場所に種が落ちて,このような形で実を結んだのだと思うと,胸が熱くなった。この親子はきっと,今回のコンサートを創り上げる最も大切なお客様だったのだと思う。

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2008年9月20日 (土)

我が家

 私は超勤が嫌いだ。生き甲斐は本業以外に持っているし,何より我が家で過ごすのが好きだからだ。今年の4月から毎日片道70分余りの時間をかけて通勤するようになったのも,高校に合格した息子と離れて暮らすことに疑問を感じたからだ。「家族は一つの屋根の下に暮らすもの」ということが私にとっては当然のことだ。もちろん,子どもたちは成人して就職したら,何が何でも家から出す。昔の関白亭主のような考え方かもしれないが,そこには家族としての大切な何かが隠れているのだと思う。
 私が最も心と体を休めることができるのは我が家である。どんなに疲れて帰宅しても,子どもたちの笑顔と妻の顔を見ると,心の中で何かが温かく解き放たれていくのを感じる。16歳の息子は素直で優しい高校生だ。5歳の弟と3歳の妹の面倒を実に良くみてくれる。10年間一人っ子だった息子にとって,二人も小さな弟妹ができたことは,本当に嬉しいことだったのだろう。5歳の息子は他人の気持ちをよく考える穏やかな子だ。3歳の妹がわがままを言っても,きちんと話してわからせようとする。3歳の娘は末っ子でわがままだが,この子がいると家の中が元気で満たされる。

 そんな三者三様の子どもたちを,心から温かく包み込む妻。我が家の3人の子どもたちは個性の違いはあるけれども,精神的に非常に安定している。何よりも家族で過ごすことが大好きなのだ。その土台を支えているのが妻の優しく温かい愛情だと思う。些細なことでも子どもが泣き出すと,まずしっかり抱きしめる。落ち着いたところで話して聞かせる。私には絶対にできない。考えてみると,私が自分の家で安らぎを得られるのは,こういう妻と子どもたちがいるからなのだと思う。料理は私の母が感心するほどに手際が良く,しかもうまい。私が出勤するときには必ず外まで出て見送ってくれて,帰宅すると笑顔で出迎えてくれる。また,家の中でもひどくラフな格好をすることはない。
 妻とは結婚前にいくつか約束したことがある。子どもが生まれても,全部が「お母さん」にならないでほしいということ。夫の前では女性としていてほしいということだ。いつも綺麗でいてほしいし,私が視線を送ってしまう女性でいて欲しい。自慢の妻でいてほしいと思う。夫婦が男と女として二人だけで出かける時間も,私が考えて作るようにしている。コンサートやお芝居・映画を見に行ったり,絵を楽しみに美術館にでかけることもある。もちろん二人で食事にいくこともある。そんなときには二人で腕を組み,紳士と淑女を演じてみたり…。私が好みそうなファッションに身を包んで並んでいる妻は,ちょっぴり自慢の妻でもあるし,私などには過ぎた妻であるとさえ思う。
 夫が妻を気遣い,妻が夫を気遣う。妻が夫に愛されようと努力し,夫も妻に愛されるように努力する。夫が妻に対して感謝と尊敬の念を持って接し,妻が夫に感謝と尊敬の念を持って接する。そして,そんな夫婦と共に子どもたちがいる。我が家の子どもたちは,給料日の夕食で「お父さん,いつもありがとう。」と言ってくれる。もちろん妻の心遣いだ。だから私も妻に「いつもありがとう。感謝している。」と言えるし,子どもたちにもそういう気持ちの表現を大切にさせる。

 価値観が多様化しているという。夫婦や家族についても様々な在り方があるのだろう。我が家はとても古いのかもしれない。しかし,優しく温かく綺麗な妻がいて,明るく素直で元気な子どもたちが待っているから,私はどんなに忙しくても,早く帰宅するために必死に仕事をする。そして,心安らぐ我が家へ帰る。そこには,いつも笑顔が待っている。我が家の扉を開いたとき,そこには至福の時がある。

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2008年9月18日 (木)

「むじか」さんの9月17日のブログ『プライド』へのメッセージ

 むじかさん。数年ぶりにあなたと再会できたことを妻と共に喜んでいます。また,拙作「かみさまへのてがみ」のオリジナルを委嘱・初演してくださったあなたが,混声合唱版の初演にも関わってくださることを,心から感謝しています。
 さて,9月17日のあなたのブログ「プライド」を拝見しました。合唱団の指揮者に対するあなたの正直な気持ちが表されていて,私はたくさんのことを思いました。同じく指揮者でもあるあなたの気持ちに思いを巡らせつつ,「いい後輩を持ててよかった」としみじみ感じています。

 「悪い合唱団はない。悪い指揮者がいるだけだ」と言います。私は自分の経験を振り返るとき,本当にその通りだと思います。私にも悪い指揮者であった頃がありました。もっとも,現在も良い指揮者であるかどうかは疑問ですが。しかし,今よりももっと悪い指揮者であったとき,確かに合唱団は育ちませんでした。現在は,少なくともお付き合いしている合唱団が「悪くなっていく」ということはありません。そういうことから考えると,悪い指揮者ではなくなったのかもしれません。
 では,「悪い指揮者」とはどんな指揮者なのか。私は,指揮者であることの権威や名誉に意識を奪われ,より良くあろうとする努力を怠っているのが悪い指揮者だと考えます。音楽団体における指揮者というのは,まぎれもない権力者です。周囲から見れば,(指導している音楽団体が有名であればあるほど)地位も名誉もある仕事です。でも,私は思うのです。指揮者というのは「音楽に奉仕する仕事ではないか?」と。合唱団を叱責するのも,思うように歌わせるかのように見えるのも,音楽に奉仕するという意識で向かっているから許されるのです。
 音楽は,私たちが「自分のもの」であるかのように扱ってはならないもの。私はそう考えています。音楽はもっと気高いもの。私たち人間にとっては,手袋をはいて触れなければならないようなもの。それほどに人間にとって大切なものです。だから,指揮者は音楽の専門家として,音楽そのものに奉仕する立場にあるのではないかと思うのです。それはキリスト教における神父や牧師と同じような立場にあるものだと思います。

 では,神父や牧師は過ちを犯さないでしょうか。聖職者であるから原罪から逃れることができるでしょうか。答えは否です。指揮者にも音楽の最も基本的な部分で過ちを犯すことはあります。「だったら,自分の過ちに気づかない指揮者をどうすればいいのか?」と問われるでしょうね。私はそのことに対して,「自分自身が過ちを犯さずに音楽に奉仕し,本当に良い演奏を創り上げることを繰り返していきましょう。」と答えます。あなたが「プライドばかりで良い音楽を創っていない」と感じている指揮者の方々が,私たちの創り上げる音楽の素晴らしさに気づいてくれるまで,それを続けていきましょう。それでいいのです。その指揮者がどんなにプライドばかりだとしても,メンバーが指揮者を認めているのですから。指揮者の人事権を持つのは歌い手なのです。

 私たちは,どんな風に指揮者として働けばよいのでしょうね。私が過去に学ばせていただいた,日本はおろか世界でも認められていらっしゃる先生は,いずれの方も例外なく「音楽に奉仕」されていました。ですから,自分自身に対して見事なまでに謙虚でいらっしゃいました。そして,何よりも「演奏者のため」を考えていらっしゃいました。指揮者はきっと,演奏者と観客の間に立って,音楽のために奉仕する仕事なのですね。演奏会場にいらっしゃる,自分以外のすべての人に喜びを与える仕事なのでしょうね。私はあなたと共に,そんな指揮者になりたいと思っています。

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2008年9月16日 (火)

スタッフ

 いったい,これまでに公私を含めて何回くらいステージに立ってきたのだろうか。数えてみる気にもならないが,どの一つを思い出してもたくさんの思い出がよみがえる。サロンコンサートのような場合を別にして,主催コンサートの場合にはほとんどの場合プロのスタッフの方々との共同作業が必要になってくる。つい先日の学校祭のステージでもホール職員を含めて音響や照明のプロの皆さんと一緒に仕事をさせていただいた。そんな中で「忘れられないスタッフ」が数名いらっし