勉強の仕方
先日ある合唱団の練習会場で,1時間ほど私の練習をご覧になっていらした方から「先生は,どのようにして勉強なさっているのですか?」というご質問を受けた。先方は他の町で合唱団の指揮をされていらっしゃる方。ご質問に何かお答えしなければと思いつつ,団の事務局の方との打ち合わせに追われ,そのままお別れすることになってしまった。
改めて考えてみた。自分はどうやって勉強してきたのか。実は20代の頃には私も同じような疑問を抱えていた時期があった。ということは,同じような悩みを抱えているアマチュア指揮者は多いのだろう。
私が指揮をすることになって最初にやったことは「合唱事典(音楽之友社刊)」を読破すること。(残念ながら絶版になってしまったが,古本サイトで探せば残っているかもしれない。)この本は現在でも私の合唱バイブルである。斉藤秀夫先生の指揮法を学び始めたのも,ここがスタートだった。合唱音楽の歴史,様式,作編曲,指揮法,解釈,合唱団運営,コンサート等々,合唱に関わることなら何でも解説している。この本を読みながら,一方で鏡を前に指揮法の実技(基礎振り)を徹底的に練習した記憶がある。
指揮法実技で最も役立ったのは,(これもなくなってしまったが)北海道女満別町が主催していた「オホーツク音楽セミナー」である。小林研一郎先生の直接指導をいただける貴重なセミナーだった。ここで学んだことで「指揮者」というものがわかったと言っても過言ではない。3年間続けて通った。
解釈に関しては実に試行錯誤の連続だった。これはもう経験と学びしかないのだろう。常にアンテナを張り巡らせていると,思わぬところから欲しい情報が得られたりもする。とにかく歴史や芸術も含めた様々なものへの好奇心を持ち続けること。しかし,私の演奏解釈を劇的に変えたのは「作曲」だった。それも,40分を越える序曲と5つの楽章からなる合唱付きの交響詩。この作曲を終えた頃から,作曲家が何をどのようにして楽譜に記すのか,ということがおぼろげながら見えるようになってきた。その後の小品を含めて,作曲は楽曲解析に非常に役立つと言うことが言える。もっとも,作曲に至るまでには非常に多くの作品を知らなければならない。また,数多くの演奏に触れていなければならないということも言えるだろう。
練習の進め方に関しては,経験が最大の学びだと思う。指揮をする機会が多ければ多いほど,練習は磨かれていく。ただし,私はかつて自分が歌い手の側だったということもあるので,「歌い手の立場や状況」を考えて練習をすることが多かったように思う。そのことがメンバーから賛同や指示をいただくことは多い。
発声に関しては,私自身が指導力不足を感じていたので,ある時期専門家をお招きして学ばせていただいた。その後,練習の中でシステムとして取り入れるために,具体的な方法を自分自身で考えるようにしている。この点に関しては「そういう響きになっているか」を認知できる「耳」が重要だと痛切に感じる。かつては私も,そういう耳が十分に備わってはいなかった。
練習の中で時折取り入れるコミュニケーションのためのワークショップは,勤務先と地元の公共ホールとのつながりの中で,プロの演出家の方々から学ばせていただいたものである。そのことを通して,私は音楽におけるアンサンブルが,人間同士のコミュニケーションと同源であることに気づかされた。その気づきによってアンサンブルの構築方法が大きく変わったように思う。
最後に,私に最も多くの学びを与えてくださったのは,東京混声合唱団の田中信昭先生である。当時指揮をさせていただいていた合唱団に客演でお招きしたくて,様々な方のお力もお借りして,直接お願いに伺って実現した。「指揮者としてどのようにあるべきか」「歌い手はどのようにあるべきか」ということについて,意識そのものが変わってしまったという思いがある。
そんな風にして勉強してきたということは言える。けれども,今でも必要なアンテナは常に張り巡らせているし,毎回の練習を反省することが学びでもある。ただ,少なくとも合唱団の前に立つときに自分自身が「プロの指揮者である」という自覚と責任は忘れてはならないのだと思う。メンバーにとっての指揮者はプロもアマも同じ指揮者。指揮者に音楽的な甘えがあれば,それはメンバーへの不利益となる。私は家族を養い,生活をするための仕事は持っている。もちろんそのことには真剣に向かうし,良い仕事を続けなければならない。しかし,合唱の指揮は「やらなければならない一生の仕事」だと思っている。生活のための仕事には定年があるが,合唱の仕事には定年はない。文字通り一生の仕事。その中で自分自身が成長しているという実感を得られることも大きいような気がする。
先生。こんなお答えしかできませんが,よろしいでしょうか。
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